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大阪地方裁判所 昭和35年(ワ)5546号 判決 1964年6月10日

原告 大阪府中小企業信用保証協会

被告 播磨利秋

主文

被告は、原告に対して、一五四、六一七円および右のうち一二九、一六四円に対する昭和三五年三月一〇日から支払ずみまで日歩七銭の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、請求原因として次のとおり述べた。

一、訴外井原八朗は、昭和三二年九月二六日、訴外株式会社大阪銀行九条支店(旧商号株式会社大阪不動銀行)から二〇万円を、返済期日昭和三四年三月二六日の約束で借り受けその交付を受けたが、その際原告は、井原の委託を受けて訴外銀行との間に、井原の右返還債務を保証する旨の契約(以下本件信用保証という)を締結した。

二、井原はこれよりさき、原告との間に、将来原告が右保証契約にもとづいて弁済した場合、井原が負担すべき求償金に対し右弁済の翌日から支払ずみまで日歩七銭の割合による損害金を支払う旨の約束をしたが、被告は、その際、原告との間に右将来の求償債務を連帯して保証する旨の契約(以下本件求償保証という)を締結した。

三、原告は、昭和三四年六月三〇日、訴外銀行に対し、本件信用保証債務の履行として一四七、八〇〇円を弁済したが、井原は、原告に対し別表<省略>内入年月日及内入金欄記載のとおり合計一八、六三六円を償還したにすぎないので、原告が弁済した翌日の昭和三四年七月一日から昭和三五年三月九日までの間に同表記載のとおり合計二五、四五三円の約定損害金が発生した。

四、よつて、原告は、被告に対し、右求償金残額一二九、一六四円と約定損害金二五、四五三円との合計一五四、六一七円、および右求償金残額に対する昭和三五年三月一〇日から支払ずみまで日歩七銭の割合による約定損害金の支払を求める。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁および抗弁として次のとおり述べた。

一、被告が本件求償保証をしたこと及び原告が訴外銀行に代位弁済したことは争う。その余の原告主張事実は知らない。

二、かりに原告主張のような事実があるとしても、被告は次の理由により本訴請求に応じられない。

原告は、中小企業者等に融資をし、あるいはこれらの者が銀行等より金融を受けるにあたりその保証をすることを目的とし、大阪府から資金の提供を受けてその業務を営んでいる公共的機関である。従つて、大阪府の定める一定の基準(以下受保証資格という)に達している者についてのみ融資あるいは保証をすることができ、これに達しない者に融資、保証することは許されない。ところが、

(一)  被告は、井原を調査したところ同人は受保証資格をもたなかつたので、原告が同人のために本件信用保証をすることはありえず、従つて被告が責任を負うこともないと信じて本件求償保証に応じたものである。それゆえ本件求償保証には要素の錯誤があり無効である。

(二)  かりにそうでないとしても、被告は井原が受保証資格の調査に合格することを停止条件として本件求償保証をしたのに、原告はその調査をしていないから、右条件は成就していない。

(三)  本件信用保証は受保証資格の一つである同一場所で一年以上事業を営んでいることの要件を欠く井原をあえて保証した不正な契約であるから、無効であり、かりに原告がこれに基いて訴外銀行に弁済したとしても井原に求償義務は発生せず、その保証債務の履行ということもありえない。

(四)  井原の訴外銀行に対する債務及び本件求償義務の不履行については、債権者である原告にも過失がある。すなわち、原告は公共的機関として井原の受保証資格を十分調査し、その資格がなければ本件信用保証をしてはならない義務があるのに、その調査をせず、漫然と保証した。このことは原告作成の井原に対する信用調書(甲第五号証)に井原の営業所所在地として架空の地番が記載され、井原の電話として他人の電話番号が記載されていることからも明らかである。

原告訴訟代理人は被告の右主張を否認した。証拠<省略>

理由

一、請求原因一及び二の事実は、成立に争いのない甲第一号証、被告作成部分については捺印の真正について争いがないから真正に成立したものと推定され、その余の部分については証人井原八朗の証言により真正に成立したと認められる甲第四号証、同証人の証言及び被告本人尋問の結果により、これを認めることができる。

同三の事実は、文書の方式及び趣旨ならびに弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第二号証及び証人井原八朗の証言に弁論の全趣旨を総合すると、これを認めることができる。

他に以上の認定を覆すに足りる証拠はない。

二、そこで、被告の抗弁について判断する。

(一)、(要素の錯誤の抗弁)

被告の抗弁は、動機の錯誤を主張するものであるが、動機は、表示された場合に限り当該法律行為の内容をなすものと解するのが相当である。原被告間の保証契約に際して被告主張のような動機が明示または默示に表示されたことは、本件全証拠によるもこれを認めることができない。よつて、被告の抗弁は錯誤の有無を判断するまでもなく理由がない。

(二)、(停止条件の抗弁)

本件求償保証に被告主張の条件が付せられていたことは本件全証拠によるもこれを認めることができないから、被告の抗弁は理由がない。

(三)、(信用保証の無効の抗弁)

原告が信用保証協会法にもとづいて設立せられた法人であることはその名称から明らかなところであるが、信用保証協会が、同一場所で一年以上営業していない者の保証をすることを禁止する旨の法令の定めはない。被告本人尋問の結果によると、大阪府公報課発行のパンフレツトに、原告の保証を受ける条件の一つとして、同一場所で一年以上営業していなければならない旨記載されていたことが認められるが、弁論の全趣旨によると、右は原告が保証をする場合の一応の基準を記載したものにすぎないと解せられ、これに満たない者について保証契約がなされたというだけで、右契約が無効となるものではない。すると、井原が右要件を満たしていたかどうかについて判断するまでもなく被告の右主張は理由がない。

(四)(過失相殺の抗弁)

(イ)  井原の訴外銀行に対する債務不覆行について

本件求償保証の被担保債権である原告の井原に対する求償権は、井原が訴外銀行に対する債務の覆行をしないため、原告が代つて弁済したことにより発生したものであるが、この求償債務の発生及びその額は保証人と債務者間の求償関係の問題として処理されるべきものであつて、これに民法四一八条の過失相殺の規定を適用ないし準用する余地はない。

(ロ)  井原の求償債務の不履行について

被告は原告の請求金額の全額について右過失相殺の主張をする。しかし、過失相殺は、債務不履行による損害賠償の責任及びその金額について問題となりうるにすぎず本来の債務が履行可能であるのにその全部または一部を免責しうるとするものではないから、被告の右主張のうち求償債務の元本に関する部分は、すでにこの点において失当である。

そこで、右求償債務の約定損害金債務の部分について判断するに、当裁判所は金銭債務の不履行による損害賠償については過失相殺の適用はないと解するから、被告の主張は理由がない。

金銭債務の不履行による損害賠償については民法四一九条がその額を法定し、債権者に損害の証明を要しないものとするとともに、債務者に不可抗力の抗弁さえ許さないものとしているのであるが、右は、金銭債務については、不履行(履行遅滞しかない)の事実の存在から、直ちに同法条所定の額の損害賠償義務の発生を認めるものであつて、当事者双方に対しこれと異なる損害額の主張立証を許さない趣旨と解すべきである。そして、このことは、不履行に関し債権者に過失がある場合であつても別異に考えるべきでない。なぜなら、債権者は、不履行により右金額以上の損害を受け、しかもそれが債務者の責に帰すべき事由のみにもとづく場合であつても、同法条所定の金額で満足しなければならないのであるから、これとの権衡上、不履行に関し債権者の過失があるからといつて直ちに過失相殺を認めることは、はたして同法四一八条の理念とする公平の原則や信義則に合するといえるか疑問であるし、過失相殺を認めるとすれば、実損額が法定額を越える場合には、公平上いきおい実損額について審理判断しなければならないこととなつて、右四一九条の立法趣旨にももとることとなる。反面、債務者は履行遅滞の期間中その金銭を他に利用することができるうえ、履行遅滞の責を免れようとすれば、債権者の協力がなくても、比較的容易な方法で弁済の提供または供託等をすることができるから、右法定の賠償額についてさらに過失相殺を認めなければならないほど、債務者に酷な事情があるとは考えられないからである。

それのみならず、たとえ原告が井原の信用調査をしないでその信用保証をしたとしても、そのことは原告が将来井原のため右信用保証債務の履行をしながら同人からその求償債権の満足を受けられないことがあるという事実上の不利益を自己の危険において負担して債権債務関係を成立させたのであるにとどまり(原告が被告に本件求償保証を求めたのは、まさにその危険を回避するためである)、右信用調査をしなかつたことと井原の求償債務不履行あるいは被告の本件求償保証債務の不履行との間には何の因果関係もない。従つて、原告が信用調査をしなかつたことをもつて、井原あるいは被告の右不履行に関し原告に過失があつたものとはいえない。

被告の過失相殺の主張はそれ自体失当である。

三、以上のとおり被告の抗弁はいずれも失当で、原告の本訴請求は理由があるから正当としてこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 平田浩)

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